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みつなりのきょじょう・さわやまじょう
三成の居城【佐和山城跡(彦根市)】

 関ヶ原の合戦(1600年)で、西軍を率いた石田三成の居城。標高233m、比高148mで、麓から30分もあれば本丸があった山頂まで登ることができます。建造物は残されていませんが、石垣や土塁などの遺構から、この城の堅固さをうかがい知ることが出来ます。最近の発掘で、武家屋敷跡や内堀跡、城下町跡などがみつかっています。
 江戸後期に書かれた『甲子夜話』で、佐和山城は板張りに荒壁と、質素な城であったとされています。質素倹約に努め家臣・領民を身分に関係なく慮った三成でしたが、関ヶ原の合戦で敗れ“大一大万大吉”の理想まであと一歩届きませんでした。代わってこの地の領主となった井伊家は、佐和山城を破城しました。この際、石垣や建材の一部は彦根城へと運ばれ、築城の材料として使用されました。
(※佐和山城は彦根市にありますが、当スポット情報は「米原エリア」でご紹介しています。)

 

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所在地
彦根市古沢町、佐和山町ほか
アクセス
[公共交通]
JR東海道本線・彦根駅から徒歩約20分
[自動車]
名神高速道路・彦根ICから車約10分
[駐車場]
約30台
定休日
なし
料金
無料
URL
http://www.hikoneshi.com/jp/sightseeing/articles/sawayama
お問い合わせ先
彦根市観光案内所
TEL
0749-22-2954

施設情報・料金等の最新情報は直接ご確認ください

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